歴史上の人物 林則徐③
( ^∇^ )ノ” コンチワー
では、アヘン戦争への突入を書いていきます。
さて、林則徐は、戦争をしようと考えていたのでしょうか?
答えはNOです。だってやれば負けるってわかっていたか
らです。清が成立してから、すでに200年が過ぎ、太平の
世を満喫している国と、対外侵略を積極的に行っている
英国が戦っててるか・・・。林則徐がどこまで、正確に
対外事情を認識していたかははっきりしませんが、
鎖国状態にある国の中で、唯一の貿易港で外国相手に
ぎりぎりのやり取りをやっていいた者と、内陸で、外国
と触れることも無かった中央政府を比べれば、どちらか
が、より知っていたかは言うまでもないでしょう。
実際に、アヘンを取り締まった林則徐は、外国(英国の
ほかにアメリカなどもアヘンを持ち込んでいました)に
対して、アヘンの代償として、茶を差し出すことを提案
してますし、なにより、アヘンを今後持ち込まないとの
誓約書を提出すれば、今後の貿易はいままでどおり
行ってもよいとしたのです。アメリカ商人はこれに応じ、
誓約書をすぐに提出して、貿易を再開しています。
英国の監察官のエリオットは断じて、応じませんでした。
監察官って、お国の役人さんなんですがね。
「アヘンなんて、麻薬を密輸するな!!」って相手の国が
いってるのに、国の役人は「やだよ、輸出するよ」って言って
るのと一緒ですよね?
まあ、エリオットが本国に報告する際に、かなり脚色して
(自分は悪いことしてませんよ~って)報告したとは思いま
すが、結局戦争になります。もちろん、エリオットが勝手に
戦争始められませんので、当時、英国はすでに立憲国家
でしたので、議会で決をとることになりました。
その演説で、後の首相となるグラッドストンの下記のよう
な演説がありました。
「このような将来に不名誉となる戦争を、私は聞いたことがない。
広東にひるがえる旗は、禁制品の密輸を保護するために、翻って
いる。私たちはそれを見ただけで、恐怖を覚えるのだ。」
まあ、妥当だとおもいません?密輸させないから、戦争するって
一国の議会で決定することですか?
結果は、戦争賛成271票、反対262票で可決・・・
開戦すると、英国は、広州には攻め込まなかった。
林則徐は広州で、しっかり守りを固めていた。
英国にとっては勝って当然の戦争。とくに初戦は
苦戦はしたくない。そこで、英国は天津に攻め込んだ。
皇帝の住んでいる北京のすぐそばである。
皇帝他中央政府は、遠く離れた南の端の広州で
おこっていることで、はっきりいって、対岸の火事くらい
にしか思って無かった。そこに突然、英国の攻撃にさら
され、アヘンの禁止を応援していた皇帝も、手のひらを
返す。英国と約束して、林則徐の罷免をおこなってし
まうのです。
彼は、アヘン問題の最前線から、はずさた。
戦争はもちろん、一方的になる。海上から好きなところ
に攻撃できる英国に対して、清側は守るのも間に合わ
ず、敗戦。不平等条約の締結と同時に、アヘンも黙認
する結果となる。(条約ではアヘン問題は触れられてい
ません。形にのこしたくなかったんでしょうね。)
林則徐はこのあと、新疆へと左遷された。
のちに、太平天国の乱が起こった時に、欽差大臣に
任命されたが、任地に赴く途中で病死した。
左遷されたあとで、再び欽差大臣として、任命される
など、彼の力量はたしかなものだったのだろう。
しかし、やはり清廉潔白、正直ものは馬鹿をみる
といったところなのだろうか。彼は、最後まで清のため、
祖国のためにはたらいた真の政治家なのではないで
しょうか。
駄文や、勘違いも多々あるかと思います。
また、林則徐の魅力を十分に伝えられないもどかしさ、
もありましたが、ここまでお付き合いくれた方、
ありがとうございました。気が向いたら、違う人物で、
またやりたいと思います。
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