上毛かるたで群馬県紹介

2009年5月22日 (金)

上毛かるた「け」

(* ̄ ̄ ̄ ̄▽ ̄ ̄ ̄ ̄*)ノこんばんは♪

さって、週に1回の上毛かるたの日!!

      ↑

誰が決めた!!?? 

 

「け」県都前橋生糸の市(けんとまえばしいとのまち)

前橋市は群馬県の県庁所在地です。

場所はこちら

人口は約32万人。

明治以降、県庁がおかれ、

群馬県の製糸業の中心地として栄えました。

また、全国の県庁所在地の中で、一番海から遠いそうです。

地球温暖化の海面上昇何のその!??ちがうか^^; 

 

高崎市との間に、県庁所在地争いがありましたが、

それは、「か」の札で紹介したとおりです。

こちらを見てください。

前橋市出身の有名人は以下の人たちです。

萩原朔太郎(詩人)『月に吠える』、『青猫』等

糸井重里(コピーライター)

小島伸幸(元日本代表GK)

・・・どうしよう県庁所在地なのに、記事短い><

あ、そうそう、お正月に行われる実業団の駅伝、

ニューイヤー駅伝のスタートとゴールは前橋の群馬県庁です。

ぜひ、来年は見てください! 

 

 

前橋市の観光はこちら

 前橋まるごとガイド:http://www.maebashi-cvb.com/

 

 残る札は、35枚!!

やばい、かなり手抜きになってきてる・・・ 

 

Photo_2

Photo

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2009年5月12日 (火)

上毛かるた「く」

(* ̄ ̄ ̄ ̄▽ ̄ ̄ ̄ ̄*)ノこんばんは♪

2週間ほどあいてしまったこの企画・・・

すでに忘れ去られてしまっているかもしれませんが・・・

いやいや、やめたわけではありません!!

ちゃんと続けていきます(^^;) 

 

「く」草津よいとこ薬の温泉(くさつよいとこくすりのいでゆ)

Photo

温泉って書いて、いでゆと読ませる・・・

知らなかった^^;ず~っと出湯だとおもってた・・・

とまあ、それはどうでもいいですね。

場所はこちら

Photo_2

 

草津温泉は、温泉の多い群馬県の中でも一番有名な温泉です。

泉質は酸性で、温度は53.9。

ただ、場所によっては90℃くらいのとこもあるそうです。

基本的に酸性線で、ところにより硫黄泉があり、

場所によっては温泉独特の硫黄の臭いがします。

源泉の温度が非常に熱いために、そのままでは湯につかれません。

そこで、お湯を冷やす意味で温泉街の中心に湯畑ってのがあります。

こちらね。

Photo_3

草津温泉といえば、湯畑ですよね。

ぜひぜひお越しの際には、お立ち寄りください。

夜はライトアップされます。

私的には、冬の寒い時期の夜のほうが、

湯煙があがり、ライトアップされより幻想的で、

かなりいい感じですw

草津温泉は湯量が非常に豊富で、

毎分27000Lが自噴しています。

つまり、ほんとに湧き出してるんです。

湯畑から西側にいくと、

西の河原(別名:賽の河原)と呼ばれる荒原地帯があります。

ここでは、いたるところから温泉が湧き出しており、

遊歩道も整備され、気軽にその湧き出る様子を見ることができます。

草津温泉の主な効能としては、

皮膚病・神経痛・糖尿病など・・・多種多様であり、

昔のひとは、

「お医者様でも草津の湯でも、恋の病は治りゃせぬ」

ってな歌ができるくらい、万病に効きます。

湯畑周辺には、老舗の温泉旅館などが目立ちますが、

その周辺にはリゾートホテルも多数あります。

草津温泉の湯は草津白根山からの地下水に由来しており、

その草津白根山ではスキー場もあり、多くのスキー客も訪れます。

起源については諸説あります。

日本武尊(やまとたける)や行基、

源頼朝が開湯したとの伝説があります。

すでに戦国時代には全国的に知名度はかなり高くなり、

豊臣秀吉が徳川家康に草津温泉を勧めた書状も残っています。

その後、江戸時代には幕府の直轄領地となり、

年間1万人以上の湯治客が訪れたそうです。

ちなみに、草津の周辺にも温泉はあり、

上毛かるたの「よ」で登場する四万温泉(しまおんせん)や、

沢渡温泉は、草津の上がり湯として栄えました。

草津温泉は、泉質は強烈(酸性)のため湯治後の肌のお手入れとして、

これらの温泉が発展したそうです。

交通の便はそれほどよくありません。

都心からですと、

長野新幹線で軽井沢駅まで出てから、直通バスを使うか、

JRの特急草津に乗って長野原草津口駅で下車し、バスで30分。

または、新宿駅からのJR関東バスで直接がいいでしょう。

車で来ると・・・ゴールデンウィーク等はかなり混みます^^;

しかも、けっこう道路もせまいのでご注意!! 

 

ちょっと行きづらい場所かもしれませんが、

ぜひ、一度来てみて欲しいです。

私の中では群馬県の一押しスポットです。

草津温泉の観光についてはこちら

草津温泉公式サイト:http://www.kusatsu-onsen.ne.jp/

残る札は36枚!!

 いつおわるのかな~~^^;

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2009年4月22日 (水)

上毛かるた「き」

(* ̄ ̄ ̄ ̄▽ ̄ ̄ ̄ ̄*)ノこんばんわ♪

週一ペースでやっているこのコーナー。

すでに、週一もきつくなっていることはナイショだ・・・

・・・言ってんじゃん・・・ 

 

「き」桐生は日本の機どころ(きりゅうはにほんのはたどころ)

Photo 

「き」の札は桐生市の紹介です。

場所はこちら

Photo_2 

桐生市は、人口12万人。

みなさん、地図を見て、「おや?」って思いません??

そうなんです、平成の大合併をうけて、桐生市は飛び地となりました。

桐生市の間にあるのは、みどり市という新しい市です。

にしても、こんなに大きな飛び地の市は、日本でも珍しいそうです。

さて、札の意味ですが、

桐生市は、古くは奈良時代から絹織物の名産地として知られ、

桐生織は西陣織(京都)と並び称された歴史があります。

そのため、西の京都、東の桐生と言われておりました。

また、日本初のマユファクチェア(工場制手工業)による

繊維業の発展から、「日本のマンチェスター」とも呼ばれたそうです。

現在においては、絹織物の需要自体が減少しており、

生き残りのために、炭素繊維を用いた特殊布や、

映画やドラマの衣装で生き残りを図っており、

ハリウッドにも進出しているようです。

桐生市出身の有名人としては、

フジテレビアナウンサーの阿部知代、

女優の篠原涼子、

歌手の由紀さおり、

で、なんとトランプマンも桐生市出身らしいです^^; 

 

桐生市の観光についてはこちら

 桐生市観光協会:http://www.kiryu-walker.net/ 

 

これで、残る札は37枚!!! 

 ・・・まだ、37枚もあんの^^; 

 

 

 

 

 

 

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2009年4月15日 (水)

上毛かるた「か」

(* ̄ ̄ ̄ ̄▽ ̄ ̄ ̄ ̄*)ノこんばんは♪

ひさびさの上毛かるたで、群馬を紹介しようのコーナーです。

「か」関東と信越つなぐ高崎市

Photo

「か」の札は高崎市の紹介です。

場所はこちら

Photo_2

高崎市は、現在、人口343,414人で、群馬県で1位です。

群馬県の県庁所在地は前橋市ですが、

高崎市は、上越新幹線と長野新幹線の分岐点、

関越自動車道と北関東自動車道の分岐点があるように、

群馬県の交通の要所として、

さらには、商業・経済都市として群馬県の中心的役割をしています。

首都圏から、新潟や長野方面へ行く場合には、高崎を通過することになり、

その意味でも以前から重要な役割を果たして来ました。

また、中曽根康弘、福田赳夫、福田康夫の3名の内閣総理大臣の

出身地でもあります。

また、伝説的なロックバンドのBOØWYの出身地です。

あ~、すごいね。こうやって書いてみると、

けっこう、大物いますね~。 

 

その他、高崎市の観光地としては、

1936年に、当時世界最大の観音像であった高崎観音。

高崎観音については、「ひ」に記載があるので、そちらで紹介!

・・・そこまで、この企画が続くのか・・・ちょっと不安です^^;

「え」で紹介した、縁起だるまの少林山などがあります。

詳しく、高崎の観光地を知りたい方が、こちら

高崎観光協会:http://www.takasaki-kankoukyoukai.or.jp/

あ、それと、地方都市としてはめずらしく、

群馬交響楽団というオーケストラがあるのも特徴ですね~。

群馬交響楽団:http://www.gunkyo.com/

ちなみに、昔から、県庁所在地を前橋市と争奪した過去があります。

一番最初は、高崎にあったみたいです。

そのあと、前橋に移り、高崎に戻り、

でもって、その後前橋に移って、現在に至るようです。

詳しく知りたい方は、ウィキペディアで高崎市を検索してみてください。

ウィキペディア

残る札は、38枚!!まだまだありますね~。

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2009年4月 6日 (月)

上毛かるた「お」

(* ̄ ̄ ̄ ̄▽ ̄ ̄ ̄ ̄*)ノこんばんは♪

ん~、まだ「あ」行も終わってないのに、きつくなってきたぞ・・・

毎日更新はけっこうきついですね~。

ゆっくり紹介していきたいとちょっと思いました><

最低でも、週1回は更新する方向でいきたいですね。

1回じゃ少ないか^^;

てなことで、さっそくいきます。

「お」太田金山子育呑龍(おおたかなやまこそだてどんりゅう)

Photo 

でました!私の出身の太田市の札です^^

場所は、こちら

Photo_2 

太田市にあります、金山という山の大光院というお寺のことです。

この大光院というお寺ですが、

別名を「呑龍さま」と言います。

小さいころは、この別名しか知りませんでした。

このお寺は、慶長18年(1613年)創建です。

徳川家康が祖先の新田義重を祭るために、

浄土宗の僧である呑龍を招いて、創建させたのが始まりです。

新田義重は、清和源氏の流れを組む家系で、

徳川家康が征夷大将軍となって、

幕府を開くために利用した家計図作成のために利用した

祖先となりますね~。

多分、ほんとは血はつながってないと思いますけどね~。

ちなみに、新田義重は新田家の宗家で、

その8代目が新田義貞で、鎌倉幕府を倒した人になります。

それで、大光院の別名の子育呑龍の由来ですが、

徳川家康に招聘されて、大光院を創建した呑龍が、

その当時、口減らしのため間引かれていた事実を悲しみ、

これらの子供たちを自分の弟子として引き取り、

寺で養育したことから、このお寺を子育呑龍と呼ぶようになりました。

ちなみに大光院にある吉祥門は建立された日が、

豊臣家の大阪城が落城したにであったため、この名になりました。

てなことで、残りは39枚!!  

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2009年4月 2日 (木)

上毛かるた「え」

(* ̄ ̄ ̄ ̄▽ ̄ ̄ ̄ ̄*)ノこんばんは♪

今日から、4月ですね~。

さっそくですが、上毛かるたコーナーに行きます。 

 

「え」縁起だるまの少林山 (えんぎだるまのしょうりんざん)

Photo 

場所は、こちらです。

Photo_2

群馬県の高崎市は、だるまの生産が全国一です!

実に、全国の生産量の80%を高崎で生産しているそうです。

選挙でもおなじみですが、あれで使われるだるまは、

ほとんどが、高崎産らしいです。

かるたの札にもある、少林山にある達磨寺(だるまじ)で、

毎年、1月6日~7日の2日間、「少林山七草大祭」、

通称「高崎だるま市」が開催され、毎年約24万人もの人出があるそうです。

このだるま市は、日本3大だるま市の一つだそうです。

あ、だるま市とは、だるまを販売する市のことですよ~。

って、そのままですね^^;

ちなみに、私の住んでる盛岡市には、

高崎市から毎年だるまがとどくそうです・・・

しかも、かなり大きめのサイズ・・・

正直、邪・・・いえ、なんでもないです~>< 

 

てなことで、少林山達磨寺はこちらで、

 達磨寺HP:http://www.daruma.or.jp/

こちらのHPでは、最初の画面でおみくじひけますよ~^^

なんか、最新のニュースに、「だるま型防犯カメラ設置!」てなニュースが・・・

なんでしょ??写真をみると、だるまにおもいっきり、

「防犯カメラ作動中!!」って書いてあるw

さって、残る札は40枚!!

まだまだ、あるな~^^;

ちょっと、書く内容が減ったかな?? 

 

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2009年3月31日 (火)

上毛かるた「う」

(* ̄ ̄ ̄ ̄▽ ̄ ̄ ̄ ̄*)ノこんばんは♪

昨日は、うちの部署の送別会がありました。

幹事としての仕事もこれでおしまい(^O^)

・・・

と思いきや、来年、違う会の幹事をやることになってしまいました><

人数少ないので、毎年なにかの幹事をやらなきゃならないみたい^^;

もうちょっと、人数の多い部署にいければ、幹事も解放なんですがね~。

来年も、会場選びで頭を悩ましそうです(>д<)

「う」碓氷峠の関所跡(うすいとうげのせきしょあと)

Photo 

場所はこちら

Photo_2

古代から、坂東と信濃の国をつなぐ道として使われてきましたが、

難所としても有名でした。

この峠より東の地域のことを坂東(今の関東)と呼びました。

日本書紀では、この峠で日本武尊(ヤマトタケル)がと坂東平定から、

帰還する際に、弟橘媛(読み:おとたちばなひめ、ヤマトタケルの后)

が、坂東遠征の際に亡くなったことを偲び、「吾妻(あづま)はや」と嘆いた

との記述があります。(古事記では、神奈川と静岡の間となっています)

古代から、交通の要所であったため、

この峠の群馬側の横川と言うところに、関所が設けられました。

この峠は、20世紀に入ってもかなりの難所であり、

碓氷峠を通って、長野県へと伸びていた信越本線は、

碓氷峠の手前の横川で、補助機関車を連結しないと

登ることができず、横川でその連結作業のため停車を余儀なくされました。

その横川駅が発祥の地になっているのが、全国的にも有名な

「峠の釜飯」という駅弁です。

峠の釜飯は、1958年に発売を開始し、

その年に、天皇の富山国体への行幸列車への積み込みの採用になり、

全国でも有名になりました。

Photo_3

現在、信越本線は、横川―軽井沢間の碓氷峠の運行は、

長野新幹線の開通により、廃線となりました。

1997年9月30日の廃線前最終日には、報道番組でも取り上げられ、

峠の釜飯は、史上最多の売り上げを計上したそうです。

あ、横川駅での販売は少なくなりましたが、

現在でも食べることはできますよ。

全国の駅弁フェアーの常連でもありますし、

新幹線あさまの車内販売、上信越自動車道の上り線の横川SA

長野駅や山梨の清里駅でも買えます。

かつては、横川駅のお弁当でしたが、現在では、

長野県・群馬県の郷土弁当と言ってもいいかもしれません。

おお~っと、話がそれすぎましたが・・・

実は、関所跡って言っても、たいしたものはないので、

こういう話題になりました><

でも、かつての信越本線が山登りで使った路線は、

廃線になったあとも、群馬県側を松井田町(現安中市)が買収し、

廃線前とかわらない状態を保っており、遊歩道になっている他、

多くの路線が見られます。

こんな感じです。

Photo_4

遊歩道は、秋口などは紅葉も綺麗で、散策にはいいと思います。

機関車でひっぱった急勾配を楽しんでみては?? 

 

碓氷峠観光案内所

 HPhttp://www.k2.dion.ne.jp/~usui/

碓氷峠鉄道文化村

   HPhttp://www.usuitouge.com/bunkamura/

鉄子、鉄男くんは、ぜひ行ってみては?? 

 

残る札は、41枚!!

 

 

 

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2009年3月27日 (金)

上毛かるた「い」

(* ̄ ̄ ̄ ̄▽ ̄ ̄ ̄ ̄*)ノこんばんは♪

今日も、やります群馬宣伝ブログw

さっそくいってみましょう!!

 

「い」 伊香保温泉 日本の名湯(いかほおんせん にほんのめいとう)

Photo  

群馬と言えば温泉なんですよね。

伊香保温泉の場所はこちら

Photo_3

もちろん草津も有名ですが、伊香保温泉もけっこう有名でした。

Photo_2 

この石段の両側が温泉旅館やみやげもの屋となっています。

この石段が、伊香保のシンボルだったりします。

石段の下には黄金の湯と呼ばれる源泉が沸いています。

温泉街周辺は、榛名山や、

日本3大うでんのひとつ、水沢うどん(注)が食べられます。

歴史は古く、1900年前とも、1300年前とも言われており、

万葉集にも、その名が存在しています。

現在の温泉街ができたのは、戦国時代で、

長篠の戦いで織田の鉄砲隊に破れた武田軍の療養所として整備されました。

明治時代には、夏目漱石や萩原朔太郎などの文人も多く訪れました。

しかし、近年、温泉偽装問題が浮上し、水道水を温泉と称して、

使っている温泉宿が問題となりました。

もともと、伊香保温泉は湯量自体が多いわけではなく、

そのため、折からの温泉ブームで温泉旅館が増えすぎた結果、

そのような自体となってしまったのです。

イメージダウンは避けられなかったわけですが、

老舗旅館はそのようなことはありませんので、ご安心を。

昔ながらの温泉街という雰囲気が一見の価値ありです。

ちなみに、茶色い温泉饅頭発祥の地といわれており、

1910年から売り出している「湯の花まんじゅう」は、

ぜひ一度おためしあれ!! 

伊香保に行くなら!!こちらで情報収集

群馬県温泉宿情報伊香保づくし【伊香保温泉旅館協同組合】

 HP:

http://www.hotels-ikaho.or.jp/

(注)水沢うどん:400年ほど前に、近くにある水澤寺への

   参詣客向けに上州産の小麦粉と水沢山からの湧き水で作られた 

   手打ちうどんが奉仕されたのが起源。

    やや太めでコシがあり、透き通るような白い麺が特徴。

    一般的には、冷たいざるうどんで提供される。

    値段は、正直、高いです。

讃岐うどんを想像していると、その値段にびっくりします。

てんぷらとのセットで1500円くらいかな??

好みもあるかと思いますが、私は好きなので、

ぜひ食べて欲しいですね~。

興味のある方は、「水沢うどん」で検索してください。

取り寄せできる店もかなりありますので!!

 

残る札は42です!!

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2009年3月26日 (木)

上毛カルタ「あ」

(* ̄ ̄ ̄ ̄▽ ̄ ̄ ̄ ̄*)ノこんばんは♪

てなことで(どういうこと??)、昨日ブログに書いたとおり、

上毛カルタで、群馬県紹介をしていこうと思います。

毎日更新はできないかもしれませんが、44札全て紹介するまで、

末永く、お付き合いくださいm(_ _”m)ペコリ

 

「あ」 浅間のいたずら 鬼の押し出し(あさまのいたずら おにのおしだし)

Photo_6

まず、最初の「あ」ですが、

群馬県と長野県の間にある、浅間山についてです。

場所はというと、

Photo

ちょっと、分かりずらいですが、上の地図の赤い部分です。

標高は2,568m。

世界でも有数の活火山で、ついこの間も、小規模ながら噴火しましたね。

その時の火山灰は遠く横浜まで運ばれています。

Photo_2

こんな感じの綺麗な成層火山です。

私が住んでいた太田市からもその姿は見えますし、

もくもくと煙が上がっている様子が見えたりもしました。

で、「浅間のいたずら鬼の押し出し」の後半部分の

鬼の押し出しとはなにか???

江戸時代にあたる天明3年(1783年)に浅間山は大爆発を起こします。

その際に噴出された溶岩の凝結地帯のことを鬼押し出しと呼び、

その広さは、幅3km、長さ12kmにも及びます。

景色は、

Photo_3 

こんな感じのごつごつした岩がたくさんあります。

鬼押し出しの名前の由来は、

まるで、鬼が火口で大暴れをして、岩を押し出したようだと、

当時の人が噴火の様子を表現したころから、この名になったそうです。

噴火の激しさを伝える景観ですね~。

なお、この噴火のさいには1500人の死者が出たとの記録があります。

群馬県嬬恋村の鎌原(かんばら)観音堂にはちょっとした逸話がございまして、

この天明の大噴火のさいに、火口から13kmにある鎌原村は、

火砕流に飲み込まれ、壊滅します。

その村の中で、鎌原観音堂だけは、高台になっていて、

村民たちは、ここに逃げ込んだそうです。

現在の観音堂はこんな感じです。

Photo_4

当時の村の人口は600名。

そのうち、観音堂まで避難できたのは、わずかに93名。

観音堂までの階段は、当時50段あったそうです。

いまでは、15段しか地表に出ておらず、35段目までが、

火砕流でうもれてしまうという、悲惨なものでした。

後年、埋没した階段を掘り起こしたところ、

女性2名の白骨化した遺体が発見されました。

若い女性が年配の女性を背負うような格好で発見されていて、

嫁が、年老いた母を背負って逃げる際に被災したものと考えられています。

ほんとに、あと数段が生死を分けたんでしょうね。

浅間山周辺行楽地

 鬼押出し園

住所:群馬県吾妻郡嬬恋村鎌原1053

TEL:0279-86-4141

    HP: http://www.princehotels.co.jp/amuse/onioshidashi/

 鎌原観音堂

住所:群馬県吾妻郡嬬恋村鎌原492

TEL:0279-97-3405

 群馬県嬬恋村観光協会

HP: http://www.tsumagoi-kankou.jp/

とまあ、あと残り札数は43!

・・・こんなにがんばって書いて、あと43回もかけるのでしょうか?

ちょっと不安(;^_^A アセアセ・・・

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2009年3月25日 (水)

上毛かるた

(* ̄ ̄ ̄ ̄▽ ̄ ̄ ̄ ̄*)ノこんばんは♪

今日は、また冬に戻ったかのような天気で、

午後からは雪が降り、今は積もってます。

あしたまでに4センチくらい積もるみたいです。

かなり寒かった盛岡です。

桜はまだ先ですね~。 

 

さって、ちょっと考えたのですが、

私、群馬県出身なんですが、今、栃木県をアピールする

U字工事っていうお笑いコンビがいるじゃないですか??

北関東のライバル県として負けられませんね~。

てか、かなりマイナー県の争いなんですけどね^^;

てなことで、群馬県をちょっと変わった趣向で紹介していこうかな~

なんて思って思いついたのが、

群馬県人で知らぬ人はいない「上毛かるた」で紹介です。 

Photo  

「上毛かるた」ってのは、「あ」から「わ」まで(44字)に、

すべて、群馬県の名産や地理、人物、風物が読まれているカルタで、

小学校の時には、学校で大会をしたり、市大会や県大会まである

群馬県ではおなじみのものです。

百人一首なんかより、よっぽどやりました。

ちなみに、私もいまだにすべての札を暗記しています。

もし、近くに群馬県出身の方がいらっしゃれば、

「上毛かるた」知ってる??って聞いてみてください。

きっと暗記した札を言えると思いますよ。

そのくらいメジャーです!!あ、私が子供のときですけどね。

今はどうなのかな~???

 

たとえば、

「く」 草津よいとこ薬の出湯

「ね」ねぎとこんにゃく 下仁田名産

「ほ」誇る文豪 田山花袋

 

まあ、例を挙げるとこんな感じです。

1日1札ごとに、説明を加えながら、44札の紹介をしていきます。

こらこら、群馬県なんかに興味ない・・・とか言わない!! 

 

 

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